2013年からの軌跡

これまでに開催された募金活動の詳細を入力してください。このスペースは参加メンバーの様子が分かる写真や動画掲載にお使いください。また、参加者や集まった基金などの詳細情報を追加するとよいでしょう。次の募金活動に興味を持ってもらえるよう工夫しましょう。

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2013

2013 年に北海道の青年(日本人、在日韓国人と韓国人)の何人かが、朝鮮半島(韓半島)の平和統一のために「何かをしなければならない」という気持ちから、自転車で走り始めた。その背景には、自転車の縦走により「韓半島の平和統一」を訴えたいという在日韓国人の方々の熱意があった。青年たちは、38度線を撤廃するために、数字が反対の「8月3日」に走り初めようと決めた。
稚内を出発すると、次第に多くの共感を呼んで、道内の在日の方々のみならず、多くの方々から応援をしていただいた。皆様の支援を受けながら、多くの困難を乗り越えて日本のリレー縦走が達成された。その様子はSNS などで全国に発信され、予想外の支援を受けることができた。
これらのネットメディアでの発信は、大変効果があり、韓国や世界から「支援する」とか「来年は走りたい」とかの返信が多く寄せられた。

2014

2014年になると日本での縦走は、Peace Bikeという名称となり、一層の関心を集めることとなった。出発地は日本東端の納沙布岬となり、地元の人々からは手作りの旗やサンドイッチで支援していただいた。韓国からも南北統一運動国民連合の代表と国会議員を迎えて出発をした。
 途中、「平和メッセージ」をライダーが様々な人々に渡しながらの縦走となった。自治体の議員、韓国領事、宗教家、平和運動家などがこの平和メッセージ贈呈式に参加してくださった。この平和メッセージ贈呈の影響は予想以上に大きく、Peace Bike 2014は正にMessenger of Peaceとなった。
石川県は縦走ルートに入ってはいなかったが、Peace Bike運動に呼応し千里浜なぎさドライブウェイを走った。

​2015

Peace Bikeは2015年にPeace Roadと名称を発展的に改称し、自転車のみならずオートバイや自動車でも走れることとなり、世界でも121ケ国が参加した。
日本では、全国をリレー形式で縦走することとなり、北海道より出発し、途中で日本海側ルート、太平洋側ルートにわかれ、全国を巻き込む大きな運動となった。
石川県でも実行委員会が本格的に発足し、富山県から自転車と縦走旗を引き継ぎ、能登区間、金沢区間、加賀区間と数十名のライダーが疾走し、福井県へと連結していった。

2016

2016年2月15日には、大韓民国の臨津閣で「北朝鮮と大韓民国の平和統一を願うPEACE ROAD 2016 出発式」が行われた。
日本国内においては、6月20日の中央実行委員会発足式、6月25日の北海道実行委員会の出発を皮切りに、8月10日まで地方実行委員会ごとの企画で様々なルートやイベントが行われた。
石川県実行委員会は、7月31日七尾市の能登食祭市場、加賀市の御菓子城加賀藩の2か所をスタート地点として延べ20人ものライダーが走り、最後に金沢城にて合流、ゴールを果たした。

2017

2017年は6月19日に東京でPEACE ROAD 2017 in Japan 中央実行委員会が発足し、7月4日北海道・札幌市内のホテルで行われた前夜祭を皮切りに、8月11日山口県下関市のゴールまで各地で縦走・イベント等が行われた。
石川縦走では、2015年のように富山県から引き継ぎ、3日間かけて越前加賀・県境の館まで行き、福井県実行委員会へとタスキを渡した。
また千羽鶴プロジェクトを展開し、実行委員や趣旨に賛同してくださる方々が千羽鶴を折って下さり、韓国縦走において地方自治体の有識者への贈呈や、DMZの壁に架け、平和を祈った。

2018

北朝鮮と韓国の南北首脳会談や、米朝首脳会談という歴史的な出来事があり、また平成30年7月豪雨によって多大な被害を被りながら、人々の心と心のつながり、環境問題、世界平和などに真正面から取り組まなければならない時を迎えた2018年。
「力」という言葉をキーワードに地域ごとの様々なプロジェクトを企画しながら、若者たちが汗を流し、希望ある未来を開拓するための取り組みが全国各地で行われた。
さらに、Peace Roadは韓国へと引き継がれ、日本人ライダーも伴いながら9日間にわたって韓国内を縦走し、臨津閣へとたどり着いた。

 
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©Peace Road 2020 石川県実行委員会